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テキストの行方



待ちに待った新シリーズが始まった。
10月からテレビ・イタリア語、スペイン語、ドイツ語、フランス語の新しいシリーズが始まったのだ。
今回の舞台は、イタリアはトリノとミラノ、スペインはカナリア諸島、ドイツはミュンヘン、フランスはパリ。
旅番組として見るのが楽しみだ。
とくにカナリア諸島に興味津々。

ドイツ語は、前回に続いて前川泰之とラプシュ麻衣。前回のシリーズでは、他の3つと比べて、この2人が、一番息が合っていた。今回はどうかな。
フランス語の黒木華も面白そうだよね。

書店で独仏伊西のテキストを売っていた。イタリア語とスペイン語のテキストが半分に減っていた。フランス語は1冊だけ売れていた。なぜわかるかというと、ドイツ語のテキストが1冊も売れていなかったから。
うーん。へそ曲がりのぼくとしては、ドイツ語のテキストを買いたくなるね。
10月からドイツ語でもやろうかしらん。

2018/10/19 22:33 | 語学COMMENT(0)  TOP

バケツ・リスト



“Oh, no! My bucket list!”(「ああ! 私のバケツ・リストが!」)
2018年8月20日号『ニューヨーカー』誌に載っていた1コマ漫画にこんなコメントがついていた。
漫画では、パラシュートで飛び降りている人が、手からメモ用紙のようなものを落としている。このメモがバケツ・リストらしい。
調べてみると、bucket listとは、死ぬまでにやっておきたいことを書いたリストのことだという。
なぜバケツ・リストかというと、kick the bucketというイディオムがあり、これが俗語で「死ぬ」「くたばる」という意味だから。
首つり自殺をするとき、バケツを逆さにして乗り、それを蹴とばして首を吊ることから由来している。
昔、ドイツ人の英語の先生がkick the bucketという表現を使っていた。彼は、バケツを蹴とばして自殺するという語源も話してくれた。
だから、kick the bucketというイディオムは知っていた。
しかし、bucket listの意味は類推できなかった。
言われてみれば、なんだそうだったのか、と思うが、この距離が近そうで、なかなか遠く、越えられない。
これが語学の難しさであり、面白さでもある。

2018/09/10 15:08 | 語学COMMENT(0)  TOP

ミス・シンシア



ある会合で、英語で書いたり話したりする際、名前にMr. Mrs. Missを付けるのは有りか無しかという話になった。例えば、Mr. Taroなどというのは、おかしいという意見と、言えるという意見が出た。
言えるという人たちは、実際に外国人(必ずしも英語のネイティブではない)に対して使っているが、おかしいと言われたことはないとか、イギリスに留学していたとき、友人同士ではMr. Johnなどと呼んでいたのを聞いたことがあるとか、実体験から、Mr. Mrs. Missをファーストネームに付けて使えるという主張をした。

外国人におかしいと言われないからといってそれが正しいとは限らない。ぼくたちだって、外国人が話す日本語をいちいち正してやるわけではない。むしろ、ほとんどの場合、間違いを指摘しないだろう。
では、イギリス留学の経験はどうか。これは反論しようがない。
しかしこれは、ごく親しい間柄で、冗談半分に使っているように思われる。日本語で言うなら、ごく親しい友達の間で、「花子氏」とか、「山田ちゃん」などと呼ぶようなものか。
つまり、ぼくが言いたいのは、言葉というものは、シチュエーションによってはどんな言い方でもできるということだ。特に、冗談ならば、文法的に逸脱していても、間違った内容でさえも、許される。というか、だから冗談なんだよね。

この会合のあとで、居合わせた1人の方から、英会話の参考書に次のような説明があったとメールをいただいた。
「現代社会ではファーストネームにMr. Mrs. Missを付けません。付けると、召使いが主人に話しかけているように聞こえます。
・Miss Scarlet スカーレットお嬢様
・Mr. Takahiro 貴弘坊ちゃま」

これで思い出すのが『風と共に去りぬ』(1936)。召使いがスカーレット・オハラを「ミス・スカーレット」と呼んでいましたね。南北戦争時代のアメリカ南部では、「召使いが主人に話しかける」ときこう言ったのだろう。
ところが、『スタイルズ荘の怪事件』(1920)では、この物語の語り手で、客としてスタイルズ荘に招待されたヘイスティングズ大尉が、女主人エミリーの旧友の娘シンシア・ハワードに向かって、ミス・シンシアと呼びかけている。ポアロも「マドモアゼル・シンシア」と、ファーストネームにマドモアゼルを付けて読んでいる。(フランス語では、ファーストネームにマドモアゼルが付けられるのかどうか、ぼくには分からない。)

『スタイルズ荘』はクリスティのデビュー作で1920年に書かれた。『風と共に去りぬ』は1936年と、書かれたのは『スタイルズ荘』より遅いが、舞台は南北戦争時代(1860年代前半)のアメリカだから、「ミス・スカーレット」と書いているのだろう。
イギリスでは、1920年代には若い女性にミス・シンシアと呼びかけても違和感がなかったのか、クリスティだけの言い方なのか、またはある階級特有の言い方なのか。『スタイルズ荘』の「ミス・シンシア」という例だけでは分からない。

そう言えば、日本でも昔、お笑い芸人でミス ワカナという人がいた。
NHKの朝ドラではミス リリコだったが。
これはどこから来ているのだろう。

2018/06/16 20:44 | 語学COMMENT(0)  TOP

朝飯前



週に一度の英会話の授業で、a piece of cakeというイディオムが話題になった。日本では、It’s a piece of cake!(そんなことは朝飯前だ。)などと習うが、イギリスではどうかと先生に聞いたら、そのイディオムは知っているが、自分では使わないし、誰かが使ったのを聞いたこともないという。
これはかなり手垢のついたイディオムらしい。日本語の「サルも木から落ちる」や「河童の川流れ」の類か。
同じ授業でa piece of the pieという表現が出てきて、こちらは「分け前の一切れ」という意味だという。日本でも最近、限られた市場で同業者が利益を奪い合うことを「パイの奪い合い」といいますよね。パイの大きさ(市場の大きさ)が決まっているから、どれだけ大きな一切れを取れるか、奪い合うわけだ。
で、誰かがこれを混同して、朝飯前をa piece of pieと言った。こういう言い方はないと、ネイティブの先生は言うのだが、pieを「易しい」という意味に使っている歌を思い出した。
それはハリー・ニルソンのOpen Your Windowという曲。
ニルソンは
Takin’ it easy as easy as pie
と歌っている。これは「パイみたいに気楽に行こう」という意味かな。この場合のeasyは「気楽な」とか、「落ち着いた」とかいう意味で使っている。
しかし2番では、
Livin’ is easy as easy as pie.
と歌う。これは「人生は気楽だ」とも取れるが、「生きることはパイみたいに簡単だ」とも取れないか。
うーん。ちょっと無理かな。

どちらにしても、Open Your Windowはいい歌ですよね。

2017/12/23 18:16 | 語学COMMENT(2)  TOP

leはどこへ行った



フランスの詩人にポール・エリュアールという人がいる。そのエリュアールに、Je te l'ai dit…という詩がある。「どこお茶」をよく訪問してくださるKeityさんがブログで引用していた。
日本語訳とフランス語の原文と対訳で、全文引用してあった。で、日本語訳と原文を見比べていて、気になったことがある。
この訳文、壺齋散人という方のブログから引用しているらしい。訳は壺齋散人。まず、出だしの3行を引用する。

 ぼくが君に語ったのは雲のこと
 ぼくが君に語ったのは海に生えている木のこと
 波のこと 葉陰にいる鳥たちのこと(壺齋散人訳)

 Je te l'ai dit pour les nuages
 Je te l'ai dit pour l'arbre de la mer
 Pour chaque vague pour les oiseaux dans les feuilles(原文)

直訳すると、

私は君にそう言った 雲のために
私は君にそう言った 海の木のために
一つ一つの波のために  葉の中の鳥たちのために

となるだろう。
散人の訳では、「ぼく」が「君」に語ったのは、「雲のこと、波のこと、鳥たちのこと」となっている。以下もこの調子で、「岩がたてる音のこと ぬくもりのある手のこと きょろきょろと動き回る目玉のこと 飲み込まれた夜のこと 道沿いの柵のこと……」と続く。「私は 君に それを 語った ~のために」という構文が無視され、「~ために」の「~」の部分に入っている事柄について語ったというふうに訳している。
フランス語の初心者であるぼくが言うのもオコがましいが、ai dit(言った)の目的語はte(君に)とle(それを)ではないだろうか。(leはaiの前に置かれているので、l’aiとなっている。)それではleは何を指すかというと、この詩の最終行ではないかと思われる。
最後の2行を引用する。
 Je te l'ai dit pour tes pensees pour tes parole
 Toute caresse toute confiance se survivent.
わたしはきみにそう言った きみの想念のために きみのことばのために
どのような愛撫も どのような信頼も 生きのびるのだ、と。(宇佐美斉訳)

この場合le(ル)は定冠詞ではなく、中性代名詞。leは普通、前に出てきた属詞、節、不定詞などを受けるが、この詩の場合、最後まで来ないとle(そう)の内容が分からないように書いてあるところがミソ。
例えば英訳では次のようになっている。leをitと訳しているし、pourをforと訳している。私が君に言ったことは、最後の一行、Every caress every trust survives(あらゆる愛撫が、あらゆる信頼が、生きのびる)だけだ。

I said it to you for the clouds
I said it to you for the tree of the sea
For each wave for the birds in the leaves
For the pebbles of sound
For familiar hands

For the eye that becomes landscape or face
And sleep returns it the heaven of its colour
For all that night drank
For the network of roads
For the open window for a bare forehead
I said it to you for your thoughts for your words

Every caress every trust survives.

2017/06/05 22:03 | 語学COMMENT(0)  TOP

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