周作人読書雑記 1



周作人は魯迅の弟だ。
魯迅の『故郷』は中学の全ての国語の教科書に載っているというから、魯迅という名前に聞き覚えのある方も多いだろう。
代表作は、『狂人日記』や『阿Q正伝』など。今でも文庫本で出ている。
ぼくが高校生の頃は、竹内好の訳で魯迅の作品がたくさん出ていて、わりと読まれていたんじゃないかしら。
今はどうなのだろうか。教科書だけの作家?

教科書だけの作家と言えば、ロシアの作家ガルシンの『信号』とか、ヘッセの『少年の日の思い出』とか、いまでも教科書に載っているのだろうか。
前から疑問に思っていたのだが、日本人の作家は、漱石・鷗外を始めとして、名の知れた作家の作品を取り上げるのに、どうして外国文学は、マイナーな人たちばかり取り上げるのだろう。

魯迅と言えば、太宰の『惜別』がある。これは太宰のなかでもぼくの好きな作品で……

弟の方に話が戻ります。
周作人も文学者だった。中国語の他に日本語と英語が読めた。
『周作人読書雑記1』には、107のエッセイが収められている。すべて本に関する文章だ。日本文学やギリシア・ローマの古典まで取り上げられているが、なんといっても圧巻は中国の古今の書籍について書いているところだろう。ぼくたちは四書五経や唐詩、あるいは史記、漢書などの歴史書くらいしか知らないが、中国では古来おびただしい書籍が出ている。周作人が取り上げる中国の書物のタイトルは聞いたことのないものばかり。『扶桑両月記』とか、『和陶詩』とか、『爾雅義疏』とか、『東萊左氏博義』とか、『河渭間集選』とか、この中の1つでも読んだことがある人は、かなりの中国文学通だろう。
これら日本では全く知られていない書物の紹介文はどれも興味深いが、ぼくが特に興味を引かれたのは、禁書目録の章だ。

長くなりそうなので、次回に続く。

2018/06/15 15:01 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

地球にちりばめられて



多和田葉子の最新作『地球にちりばめられて』を読む。
舞台は北欧とドイツ。
登場人物は、日本人(らしき)女性Hiruko、デンマーク人のクヌート、エスキモーの青年ナヌーク、インド人の青年アカッシュなど。
これらの登場人物たちが、物語を語っていく。
ストーリーは初めから最後まで1つの話として流れるが、章ごとにそれぞれの登場人物が自分の視点から語っていくというのがミソ。面白いアイディアを思いついたものだ。

多和田の文体は言葉遣いが独特で、ユーモアがあり、日本語の散文として上質だ。
彼女はドイツに住んで、日本語とドイツ語で書いているから、言葉について敏感になるのだろう。随所に出てくる言葉に関する描写が「なるほど」と思わせる。読んでいて切なくなる時もある、言葉好きのぼくとしては。

はっきりそれとは書いていないが、Hirukoは日本人だろう。
いまはHirukoの母国はない。重大な事故が起こって国がなくなったらしいのだ。(ちょっと『献灯使』を想起させる。原発事故が遠くに見える。)

Hirukoはノルウェー語やスウェーデン語など、スカンジナビア諸国の言葉を合わせて自分で作った「汎スカンジナビア語」略して「パンスカ」を話す。移民として、スウェーデン語やノルウェー語を1つ1つ覚えていくのが面倒だからだ。北欧の言葉は似ていると言われている。ノルウェー人とデンマーク人がそれぞれの言語で話し合っても、ある程度通じるらしいという話を聞いたことがある。多和田の文章は、こういう細部の設定が上手い。秀逸なアイディアが次々に出てくる。

Hirukoが話す「パンスカ」に興味を持ったのが、言語学専攻の学生クヌート。クヌートはHirukoに会いに行く。2人はHirukoの同国人がドイツにいるという噂を聞いて、訪ねていく。旅の途中で、アカッシュ、ナヌークなどと知り合う。
ストーリーはなかなか上手い展開ではあるが、どんでん返しがあるわけでもないし、波乱万丈というわけでもない。多和田はあくまでも文体で、つまりどう描くかで読ませる作家だ。ストーリーで読ませるものは、結末が分かってしまうと、2度目に読んだとき最初の感動は得られないが、文体で読ませるものは何度読んでも面白い。

母語にこだわることはないのではないか、など、言葉に関する考察があちこちに出てくるが、これらの考察は、日本語が滅びると論じた水村美苗の日本語論に対する、多和田葉子からの答のような気がする。
英語と日本語の狭間にいる水村は、日本語を愛惜するあまり「日本語」が滅びることを危惧し、ドイツ語と日本語の狭間にいる多和田は、言語の多様性と普遍性を「日本語」で書く。
ぼくは水村に共感し、多和田にほっとさせられる……なんちゃって、なにカッコつけてんだか。

2018/06/12 20:54 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

いろはうた 2



小松英雄は「いろはうた」を読み解いていく過程で、古代からの仮名遣い、発音、アクセント等に触れ、「大為尓(たゐに)」、「阿女都千(あめつち)」などの誦文、『金光明最勝王経音義』『源順(みなもとのしたごう)集』『色葉字類抄』『下官集』などの書物を時代順に検討している。
先にも書いた通り、これら書物のタイトルを見ただけでも、一般向けとはいえ、ある程度の国語学的知識が必要だろうということは見当がつく。

『下官集』というのは藤原定家が書いた表記の仕方のハンドブックのようなものだ。
定家と言えば『新古今和歌集』の編者であり、小倉百人一首の選定者として有名だ。これだけでも、日本文化に多大な影響を与えている。
しかし定家には、別の業績もある。
それはいわゆる「定家仮名遣い」というものを考え出して、平安時代の文献を書写し、今に伝えたこと。
当時表記が乱れていたのでそれを正すために定家が仮名遣いを定めたというのが一般に言われていることだが、小松はもっと突っ込んで、定家仮名遣いを評価している。
実は、現在われわれが読んでいる『源氏物語』や『更級日記』など平安時代の古典の多くは、平安時代から伝わってきている原典が残っているわけではない。
その多くは藤原定家が書写した、いわゆる定家本という形で残っているものを活字にしたものなのだ。定家は、これらの作品を書写する目的で、仮名遣いを考え出したのだという。

学校で現代仮名遣いを学んでしまった我々にはなかなか想像できないが、「おとこ」か「をとこ」か、とか、iの音を「い」「ゐ」「ひ」のどれで表すのか、とか、そういうことがはっきりしないと、言葉は表記できない。
例えば現代仮名遣いでは、王子を「おおじ」と書いたら間違いだと、ぼくたちは学校で習うから「おうじ」と書く。これが現代人の共通理解である。こういうものを先に習っているから、仮名遣いなど決まっているじゃないかと勘違いしやすいが、こうした共通理解がないと「おうじ」「わうじ」「おおじ」「おほじ」「おおぢ」などと書く人が現れて、書き手の意図が読み手に正しく伝わらない。こういうことをなくそうとしたのが定家なのだ。
定家は、自分が書写した平安時代の書物を、書き手が意図した通りに読者に読んでほしかった。
素人のぼくが理解できた範囲で書いているので、よく分からないところもあるかと思いますが、まあ、こんなところです。詳しくは『いろはうた』を繙いていただきたい。

2018/05/16 16:33 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

いろはうた



『抹消』は言葉にこだわった自伝というべきものだった。これもまた言葉に関する本。
今度は「いろは歌」を素材に日本語史(仮名遣い、表記法、日本語の音韻の変化など)についての本を読んだ。
小松はアメリカで言語学を学んだようだ。日本語研究者としては、ちょっと異端扱いされているような印象を受けるが、日本語しか学んでいない国語学者にはこういう刺激的でしかも論理の裏付のあるものは書けないだろう。国語学者というのは、ぼくの印象では、広いパースペクティブから物が見られる人が少ない。
『いろはうた』でも大野晋の研究を評価している。
国語学者の大野晋がなぜ『源氏物語』の研究もしているのか、『いろはうた』を読んでいてわかった。
録音機器がなかった時代の音韻の研究がここまでできるとは。
この本、面白くて刺激的だが、理解するには国語学の基礎知識が必要だ。
漢文学の知識も多少いるし、くずし字の知識もいる。
一般向けに書いたと「あとがき」に書いているが、なかなか手ごわい本だ。
もっともこの本が出た1979年頃なら、まだ、これを楽しんで読める一般読者がかなりいただろうと思われるが…。

2018/05/15 22:45 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

更級日記



新潮日本古典集成から、新たに様々な古典が刊行されている。
活字が大きい。頭注のほかに、原文の右横に現代語訳が付いているので、注を読むたびに原文の流れを中断せずに、通読できる。
これが何と言っても大きい。
有名な古典でも、教科書等で一部しか読んでいない。
通読すると、面白い。
昨年は新潮日本古典集成で、『奥の細道』『徒然草』『方丈記』などを通読した。
今年はまず『更級日記』を通読した。
前半は旅行記。後半は京での出来事、夢のお告げ、宮仕えでのエピソードなどを中心に書かれている。
孝標(たかすえ)の女(むすめ)の1人称なので、彼女から見た彼女の人生ということになる。
ややペシミスティックだ。
晩年に半生を振り返って書いているので、仏教に帰依していればもっとましな人生が送れたといった後悔の念が目立つ。(実際は結構いい暮らしだったんじゃないかな。)
『更級日記』は、古典の中で、昔からぼくのお気に入りの作品のひとつだが、初めて通読した。東国から京に上る際の記録と物語に憧れていた少女時代を描く前半が特に良い。後半は猫のエピソードかな。

2018/05/02 17:23 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

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