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人生の1日を描く



Mothering Sunday。
使用人が1日だけ母親の元に帰れる日。
ジェーンは6月みたいな陽気の3月のマザリング・サンデーを回想する。
3月なのにぽかぽかと暖かい。
ふりそそぐ日の光の中で、バークシャーの自然は悲しいほど美しかった。

回想を駆使して物語は進行する。一字一句無駄のない文体。ストーリーの急展開。苦いユーモア。
生きることの哀しみ……みたいなものが行間から伝わってくる。
イギリスの作家は一筋縄ではいかない。実に味わい深い話になっている。
現代日本にこれだけのものが書ける作家がいるだろうか。もっとも、ぼくは日本の現代作家をあまり読まないのでよくは分からないのだが。いたら誰か教えていただきたい。

ストーリーは書かない。書くと、読んだときに面白くなくなるから。
ためしに読んでみてほしい。

イギリスの現代作家の書くものは、英語で読むとかなり手ごわい。とくに、ウィリアム・ゴールディングやジュリアン・バーンズ、そしてこのグレアム・スウィフトなどは。
回想から回想へと自由に時間を飛び越える、自在な場面転換、そこはかとないユーモアなどが読み取れないと作品が味わえないからだと、真野泰の翻訳を読んでいてよく分かった。
ぼくなどがイギリス現代文学を原文で読もうとするのは、身の程知らずなのである。

2018/08/16 15:16 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

北軽井沢を編む



 詩人の正津勉が、谷川俊太郎の詩集から北軽井沢に関連する詩を選んで収録したもの。
 膨大な詩の中から、28編を選んでいる。少し少ないようにも感じるが(見た目薄い本)、この絞り方が尋常ではない。谷川のエッセンスをギュッと抜き出している。
 谷川は父親谷川徹三に連れられて、子供のころから、北軽井沢の別荘に行っていたという。そこでの自然とのふれあいから生まれた詩篇を、正津勉が厳選している。
 詩の選び方も、並べ方も、よくできている。
 正津勉という名前、ぼくにとっては懐かしい名前だ。
 何十年か前に現代詩に凝っていた頃、若手の詩人の中で好きな詩人だった。
 久しぶりにこんなところで出会うとは。

 谷川の最新の詩集がもう1つ出ている。『聴くと聞こえる on Listening 1950-2017』だ。こちらは音について書いた詩をまとめたもの。『62のソネット』の詩が入っているので、アンソロジーか。新たに書き下ろしたものも交じっている? 
クラシック音楽について、武満徹の思い出、自然界の音について書いている。どの詩も融通無碍で、自在に書いているように見える。
 とにかくうまい。
 書き出しがカッコいい。少し引用しよう。

物音

明け方 どこかで
物音がする
まどろみながら耳が
聞いている
目覚めてしまいたくない
物音を運んでくる空気は生暖かく
一日の光はまだまぶたに隠れている……(以下略)

 次は全文引用する。

クラヴサン

曇ってはいたが妙にすきとおった夜
(それは北風のせいだったかもしれない)
僕の心はクラヴサンの音に満ち満ちていた
それは
激しい幸福の感じだった

明日は晴れる ふと僕はそう思った

「モーツアルト、モーツアルト!」からは出だしの4行。

メキシコ風の刺繍のある紺の上衣の悠治が
くねくねと歩いてきてピアノの前に座り
奇妙なモーツアルトが始まった
今にもつまずいて転びそうなロンドだ……(以下略)

「悠治」はピアニストで作曲家の高橋悠治のこと。

「泣いているきみ」を読むと、谷川さんは女性にもてるんだろうな、と思う。
 しかし、自分が泣かせた女性にこんな詩を贈ったら、
 谷川さん、ずるくない?

2018/07/29 21:10 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

室町のラブソング



「閑吟集」「宗安小歌集」は、ともに室町時代の歌謡集。これらは安土桃山時代の「隆達節」へと続く。貴族社会では、和歌集がラブソングのスタンダードだったが、室町時代に入って、庶民のラブソング集が出た。長くても10行くらい、たいていは1、2行の短い詞である。メロディを付けて歌ったものらしい。
「閑吟集」「宗安小歌集」に収録されている歌は、すべてラブソングと言っていいだろう。和歌のように、典雅で婉曲な表現の仕方ではなく、かなりストレートに恋愛を歌っている。ときにエロティックでさえある。どちらかというと現代の演歌やJポップに近いだろう。
例えば、1番目の歌はこんな風。のっけから艶っぽい。

1
花の錦の下紐(したひも)は
解けて、なかなかよしなや
柳の糸の乱れ心
いつ忘れうぞ、寝乱れ髪の面影

スキャットを思わせるこんなのもある。むやみに親しくすると、別れたあとが大変だ、といった内容。

119
ただ、人には馴れまじうものぢや
馴れて後(のち)に
離るる、るるるるるるが
大事じやるもの

ここには引用できないようなきわどい歌も多い。
古典の注は、こういう時たいていぼかして書くことが多いが、ここでは作品の性格上、わりとはっきりと解説している。

最後に、恋人たちの弾む息づかいが聞こえてきそうな歌を引く。

282
あまり見たさに
そと隠れて走(はし)てきた
まず放(はな)さいのう
放して物を言はさいのう
そぞろいとほしうて、何とせうぞなう

逢いたくて仕方がなくて、隠れて男のもとへ走ってきた女性。
おとこに強く抱きしめられて、そんなに強く抱きしめたら話ができないじゃないの。
も少し力を緩めてよ……

今でも世の中ラブソングであふれていますが、日本人のラブソング好きは、昔から半端なかったんですね。

2018/07/16 17:57 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

湖畔の愛



小説家というものは、角のタバコ屋に煙草を買いに行くだけのことで、1編の小説が書けなければならない、と言ったのは、確か中村真一郎だった。町田康の『湖畔の愛』を読んでいて、中村のこの言葉を思い出した。
舞台は、山の上の湖畔に建つさびれたホテル。まず、ホテルの従業員のキャラがたっている。支配人の新町と社員の女性、圧岡、そして雑用係のスカ爺や鶴岡老人。
物語は「湖畔」「雨女」「湖畔の愛」の3部に分かれ、だんだん話が長くなる。
宿泊客もキャラがたつ。「湖畔」ではわけのわからない言葉を話す実業家。「雨女」では、うれしいことを考えると必ず雨が降るという女性。「湖畔の愛」では、立脚大学の演劇研究会の部員たち。
何もないところから、雨女や演劇研究会の部員たちのキャラクターをよくもここまで描けるものだ。よく言えば、稀代のストーリーテラー、悪く言えば、口から出まかせ、嘘八百。しかしここまで、リアルに出まかせを語られると、かえって爽快である。
文体は例によって、古文と漢文と現代語の混淆、しかも『ホナサ』の時よりギャグや冗談が頻繁に出てくる。『湖畔の愛』では「お笑い」を扱っているから勢いそうなるのだが。

例えば、「噫座主」と書く。これはおそらく「ああざす」と読む。アアザースッ、つまり「ありがとうございます」を高校の野球部員風に言ったものか。
例えば、新町の冗談交じりのセリフ。
「さあて、村人の首でも括っていくか。後ろ姿の縊(くび)れていくか」
これは種田山頭火の自由律俳句「後ろ姿の時雨れてゆくか」のパロディ。
例えば、次のような描写。
「~腕のところに島帰りのような二本線の入った卵色のカーディガンを羽織った男」
江戸時代、罪を得て島流しになった者は、腕時計のように腕を一周する刺青を2本入れられた。昔は時代劇で、着物の袖をまくって、「てめえ、島帰りだな」なんてシーンがよくあった。最近はとんと見かけないが、風紀上よろしくないということで、自粛しているのだろう。若いのにつまらないことをよく知っている。
例えば、「弊履(へいり)の如く捨てる」とか、「嬋娟(せんけん)たる」とか、「たくらだ(間抜け)」とか、「懈怠(けたい)」とか、古典や明治文学あたりからの語彙を自在に引用する。

しかし、笑っているうちにしみじみしてくるのが町田の真骨頂だ。『ホサナ』もそうだったが、土俗の宗教的な感情というか、原始の力といったものを感じさせる。「魂の救済」っていうのが、町田の小説の根底にはあるような気がする。まあ、救済すると言っても、それは、たいした魂ではないのだが。

2018/07/08 22:21 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

漱石の弟子



漱石の弟子で今でも名が知れているのは、寺田寅彦と内田百閒と野上弥生子くらいか。芥川龍之介も漱石の晩年に少し交流があったから、弟子と言えば言えるかもしれない。

漱石の弟子のなかでも、安倍能成、小宮豊隆、鈴木三重吉、森田草平は四天王と言われていたらしいが、今では童話好きの人が鈴木三重吉の名を知っているくらいだろう。
松岡譲、野上豊一郎、松根東洋城など、漱石の弟子たちのほとんどは、漱石関係の本にしか名前が出てこない。残念ながらこれらの人たちには、代表作と言えるものがなかった。小宮にしても、松岡にしても、「漱石の思い出」の類しか知られていないから、漱石の研究書で言及されるだけなのである。

ここ数年パリ関係の本を読み続けている。たまたま図書館で見つけた、小宮豊隆の『巴里滞在記』を読んで、上記の認識を改めた。小宮の文章が上手い。
『巴里滞在記』は、1923年にパリに滞在して、モスクワ芸術座の芝居を見たことを中心に、日記形式で書かれている。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』やチェーホフの『桜の園』『三人姉妹』など、演劇やオペラを精力的に見て回っている。
この劇評が非常によく出来ている。劇作品の分析、役者の演技や舞台装置の評価から、作品論に至るまで、実によく考察している。ただ単に劇を見るだけでなく、劇を見る以前の背景知識がかなりある。しかも、背景知識だけでなく、演劇そのものもかなり見ていることが窺える。また、巴里の生活、街角の風景などのスケッチもよく描けている。

1923年と言えば、関東大震災のあった年だ。小宮はストックホルムで、日本で大震災があったことを知る。『巴里滞在記』は、「巴里滞在記」「『第三研究』の芝居」「ストックホルム」の3部から成る。「巴里滞在記」は1923年10月17日から始まり10月31日で終わる。震災のことには全く触れない。「『第三研究』の芝居」は、パリに来る前のベルリンでのことを書いている。ここでも芝居の話に終始して、大震災には触れない。「ストックホルム」は1923年8月26日から9月2日までの日記で、最後に大震災について触れる。劇的な構成ではあるが、ちょっとあざとい感じも否めない。
「ストックホルム」では、東京に残してきた家族を心配しているが、すぐに帰国しようとは思わない。そのあとパリに1月ほど滞在しているのだから、家族は無事だったのだろう。なぜ日本に戻らなかったのか、その辺の事情は全く書いていないのである。

小宮はドイツ文学者で、芭蕉に関する本や漱石の思い出などを書いているが、代表作がない。1作でもいいから、代表作がないと、文章が上手くても、かなりの知識人であっても、後世に名は残らないようだ。

2018/06/30 22:48 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

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