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影武者 徳川家康



年末年始にかけて、隆慶一郎の『影武者 徳川家康』(隆慶一郎全集第3巻、新潮社)を読む。全集本は上下二段組で855ページと読み応えがある。現在は、新潮文庫で簡単に手に入る。こちらは上中下と3巻に分かれている。

本物の家康は関が原の戦いで死に、様々な事情から、その後10年あまりは(つまり死ぬまで)、影武者が家康を務める、というもの。一見、荒唐無稽ともとれる設定だが、一糸乱れず最後まで読ませる。

隆慶一郎は様々な資料を駆使して書いている。
資料にない部分は推理して、想像で補っていく。
この補い方が非常に論理的だ。説得力がある。
全集に一文を寄せている歴史学者の小和田哲男によると、隆は小和田に、書きたいところの資料がないことを何度も確認したという。
資料があると、想像で補えないからだ。
たとえば、家康が死んだ年齢を変えることはできない。
てんぷらを食べ過ぎて死んだという事実も変えることができない。しかし、その前後のことは記録にないから、推理して書くことができる。この辺の筆の運びが全編を通して実に見事だ。
また、登場人物たちの裏の裏を読む駆け引きが、作者の深い洞察と人生経験に支えられて、実に面白い。

ぼくは、こういう伝記な作品を読むと、読み終わる頃に妙に無常を感じることがある。
伝記的作品の場合、どんなに面白くても、いつまでも話を続けるわけにはいかない。いつか主人公は死ぬのだ。
歴史上の人物の場合、ぼくたちは、彼がいつ死ぬか知っているだけに、何も知らずに生きている主人公を見ていると、無常を感じるのかもしれない。

漱石全集で、日記を読んだときも同じ感慨を持った。
しばらくのちに死ぬとは知らずにはしゃいでいる漱石の姿が、漱石の死期を知っているぼくから見ると、身につまされるのだ。

「一寸先は闇」の世の中に生きているぼくにとって、歴史上の人物の伝記的作品を読むことは、いわば神の視点を手に入れることに似ている。
そして、それが神ならぬぼくを不安にさせるのかもしれない……。

今年もよろしくお願いします。

2013/01/02 21:17 | 本の紹介COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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