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電子辞書の実力



月に一度、英語の原書を読む読書会に参加している。
ここ数年は、アーサー・ウェイリー訳の『源氏物語』を読んでいる。毎月2帖ずつ読み進んでいるので時間がかかる。現在やっと半ばを過ぎたところだ。
今月は「柏木」と「横笛」を読んだ。
英語の読書会だから英語で読んでいくだけでいいのだが、せっかくだからぼくは原文も読むことにした。(他のメンバーの方たちも、林望の現代語訳、瀬戸内寂聴の現代語訳など、それぞれ思い思いの参考書を持ってきている。)

ぼくは、ウェイリーの英訳を切りのいいところまで読んだら、岩波文庫ワイド版で、英訳に相当するところまで読むというように、英訳と原文を交互に、比較しながら読んでゆくようにしている。そうやって読んでいると、英訳では原文を大胆にカットしているところがけっこうあることに気づいた。
英語を話す人々にはなじみが薄いと思われる事柄、たとえば、書道について論じた部分などは大幅に省かれている。あるいは、そこに入っているとストーリーがスムーズに展開しないと訳者が判断したエピソードなども、省略されることがある。「鈴蟲」などは、1帖丸ごと訳していない。「鈴蟲」は「横笛」の続編のような章だ。ウェイリーは全体のストーリーの流れから考えて、省いてもよいと考えたのだろう。

さて、先にも書いたように、いままではたいてい、英語と原文を交互に読むというやり方で読んできたのだが、今回は英訳を少し読んで原文を読み始めたら、面白くてやめられず、結局「柏木」「横笛」と一気に読んで、それから英訳を読んだ。
2年ほど継続して読んでいるので、ぼくが『源氏』の原文に慣れてきたこともあるだろう。しかし、最初の方から比べると、紫式部の文章が上手くなってきているようにも思う。「真木柱」にしても、「若菜」にしても、今回の「柏木」「横笛」にしても、プロット、心理描写、文体など、どれをとっても一編の小説として見事な出来栄えなのだ。
これを『源氏』と知らずに英訳または現代語訳で読んだなら、とても1000年以上も前に書かれたものとは思えないだろう。まあ、文学は科学と違って、現代の作家が必ずしもいちばん進んでいるわけではないから、こういうことはしばしばあるのだが。

ところで、岩波のワイド版で『源氏』を読む際に役に立ったのが電子辞書だ。
「柏木」を読んでいて難しそうな語句を大辞泉で引いてみると、たいてい載っている。
たとえば、「王気づく」を引くと、「王者らしい風格が備わる。」とあり、「王気づき気高うこそおわしませ」という例が「柏木」から引いてある。
あるいは、「あいだる」(甘える)。これも「柏木」から、「いと若やかになまめき、あいだれて物し給ひし」という例を引く。この他にもいくつか「柏木」からの引用がある。
また、「柏木」に出てきた語を引くと、「あざれがまし」(「胡蝶」)、「おぼめかす」(「帚木」)、「片耳」(「椎本」)、「ひわず」(「真木柱」)など、『源氏』からの例文が挙がっていることが多い。
うちの電子辞書に収められている大辞泉には、現代語だけでなく、古語もかなり収録されているようだ。
ここでふと思いついて、ギターを弾く人なら一度はお世話になったことがある道具、カポ(あるいはカポタスト)という言葉を引いてみる。
載ってませんね。
これは意外だったなあ。
もっとも、別に収められているリーダーズ英和辞典で、capoと引くと、「カポ(=capotasto)」と語義が書いてあって、「ギターなどの全部の弦のピッチを同時に上げるために指板に取り付ける器具」と説明がある。

カポ

2013/02/20 21:46 | エッセイCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP