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ロメールからユーミンへ



ロメールの映画を見ていたら、フレンチポップスが聴きたくなって、以前買ったフランソワーズ・アルディの『デカラージュ』(1988)を聴き返した。
久しぶりに聴き返してみると、これがなかなかいい。他のアルバムも聴きたいと思って、『アルディのおとぎ話』(1970)と『ジン・トニック』(1980)を図書館で借りた。
ところが、この2枚を聴いているうちに、他にもアルディのアルバムを持っていることを思い出した。CDラックの奥のほうを探すと『わたしの詩集』(1971)とデビューアルバム『フランソワーズ』が出てきた。(アルバム『フランソワーズ』が日本で出た年の調べがつかないので書かない。フランスでは1970年に出ている。)
で、『フランソワーズ』の中の1曲「さよならを教えて」(1968、セルジュ・ゲンスブール作詞作曲)をぼんやり聞いていたら、ユーミンの「まちぶせ」を思い出した。メロディーや曲の感じが似ている。
そういえばユーミンには、「私のフランソワーズ」という曲があったっけ、ということで、ほんとに久しぶりに『ミスリム』を聴いた。
「わたしのフランソワーズ」の一節「~去りゆく青春~」というところは、『フランソワーズ』に入っている「もう森へは行かない」の歌詞からの影響だろう。

ここまで考えて、ちょっと検索してみた。
ウィキペディアによると、ユーミンがアルディの影響を受けているのは、周知の事実らしい。
ぼくが考えるようなことは、もうすでに誰かが考えている。 
しかし、「彼女が作ったまちぶせはComment te dire adieuの翻案とも言われる。」という記述にはひっかかる。
メロディーと雰囲気は確かに似ている。だが、歌詞の内容はまったく違う。「翻案」という言葉を使うには無理があるだろう。
ウィキペディアは、「言われる。」と書いているが、最初にこのことを言ったのは、誰なんだろう。

ちなみに、Comment te dire adieuは、「さよならを教えて」の原題。
「もう森へは行かない」の原題は、Ma jeunesse fout le campで、「わたしの青春は逃げていく」という意味だ。
foutre le campは直訳すると「キャンプをする」という意味。イディオムで「逃げる、ずらかる」という意味になる。

今回聴きかえしてみて1つ気がついた。『フランソワーズ』には、ピエール・バルーの曲(作詞のみ)が1曲入っている。9番目の「水の中の環」という曲。バルーらしい、哲学的で、人生を考えさせる歌詞だ。

2013/02/14 21:58 | 音楽COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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