宇治十帖を読む 2



「須磨源氏」とか、「桐壷源氏」という言葉がある。
勢い込んで『源氏物語』を読み始めはしたものの、長続きせず、「桐壷」(第1帖)や「須磨」(第12帖)の巻でやめてしまうことをいう。
ではなぜそうなるのか。
端的に言うと、『源氏』の最初のほうはあまり面白くないからだ。
特に、「雨夜の品定め」で有名な「帚木」の巻は読みにくいと思う。
最初からこんなに理屈をこねられてはたまらない。
それに最初のほうは、紫式部がまだ物語を書きなれていないせいか(それでも上手いことは上手いです)、話がゴテゴテしていて、すっきりと頭に入ってこないところがある。
しかし、ふつうの読者はそうは考えない。
自分の読解力が足りないと考える。傑作と言われている『源氏物語』が読みにくいわけがない、自分にそれだけの理解力がないのだと考えるのだ。
ところが、こう考えない人がいた。
和辻哲郎だ。
和辻は、第2帖の「帚木」と第1帖の「桐壷」のストーリーがスムーズにつながらないことをハッキリと指摘した。この違和感を最初に書いたのは本居宣長だったが、宣長はそれ以上考えを発展させることはなかったという。
(この辺、大野晋の『源氏物語』に寄りかかって書く。)
和辻がこの問題を指摘したのが大正13年。それから『源氏』研究が進み、昭和25年には武田宗俊が、『源氏』は今のような配列の順序で執筆されたものではないと指摘した。細かい区切り方は学者によって違うが、配列の順序どおりに書かれたのではないということは、今ではほとんど定説となっている。
たとえば、大野晋の説によると、最初は、①桐壷、⑤若紫、⑦紅葉賀、⑧花宴、⑨葵、⑩賢木、⑪花散里、⑫須磨……という順序で書かれたという。大野はこれをa系と呼び、a系の物語群だけで、最初の『源氏』は完結していたとみている。
その後、①と⑤の間に入る②帚木、③空蝉、④夕顔の物語や、第22帖「玉蔓」以降の物語群が後から挿入されたと考えている。これらの後から付け加えられた物語群をb系と呼ぶ。
第33帖の「藤裏葉」までは、それぞれの帖がa系になったり、b系になったりして物語が進んでいく。
これも『源氏』の前半が読みにくい原因の一つだ。
『源氏』が本当に面白くなるのは、第31帖の「真木柱」(b系)、第33帖の「藤裏葉」(a系)あたりからなのだ。ここでa系b系が終わる。
そして、光源氏が生きている間の話だと、第34帖「若菜 上・下」と第36帖「柏木」が圧倒的に面白い。『源氏』を読むならこの辺から読むのがお勧めだ。
いや、極言するなら、源氏が亡くなった後の、いわゆる「宇治十帖」(第45帖「橋姫」以降)から読むのがいいだろう。

宇治十帖がいかに面白いかは次回に。

2014/05/28 15:29 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

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