ドン・キホーテへの旅 2



先に記したように、『ドン・キホーテ』の日本語訳になかなかこれぞというものがなかったので、新訳の出る余地はあった。
そこで2005年の新潮社版と2012年の彩流社版が出たようだ。
新潮社版は、「セルバンテスの語り口を大切にして講談調の文体を心がけた」という。
確かに読みやすい。短いセンテンスで畳み掛けるように訳していて、この日本語だけで、他と読み比べなければ、これはこれで面白いかもしれない。
しかし、セルバンテスの文体は息が長く、饒舌な文体だ。このうねうねと続いてゆく文章のうねりのようなものが魅力になっている。堀口大學の訳はこの辺のところがわりとうまく出ているように思う。それに比べて、新潮社版は「超訳」といってもいいような仕上がりだ。
そして、これは以前にも書いたことだが、ぼくたちはもはや、鴎外の『舞姫』のような擬古文は書けない。
子どものころから古文や漢文を叩き込まれてきていないし、大人になってからだって、学校で古典は習うものの、擬古文が書けるようなレベルに達することは不可能だ。ちょっと考えればわかることだが、『源氏物語』はスラスラ読めても、『源氏』のような文章を書くことはできないのである。いや、もっと時代を下って、漱石や鴎外の文章がスラスラ読めて十分に楽しめる人でも、漱石や鴎外のようには書けない。
読むのと書くのは、全く別物なのである。
これはぼくにとっては自明の理なのだが、最近の翻訳者の中には全く自覚のない人がいる。
1例を挙げれば、新潮文庫の『嵐が丘』の新訳。
翻訳者ご本人は、古めかしい文体で、上手に書いているつもりでいるようだが、ぼくには、陳腐で、大時代的としか感じられない。
この翻訳者、明治期のものはかなり読んだとどこかで自慢していたが、読むことと書くことは全く別物だということを自覚していないらしい。
もしたくさん読むだけでいい文章が書けるようになるのなら、世の読書家は皆、名文家になっているはずだ。しかし、そうはならない。これは口語文でも文語文でも同じだ。
だからぼくたちは、ろくに書けもしない文語的な表現はあきらめて、口語文で何とかしなければならない。
80歳代以下で、いや、私は書けると思っている人がいたら、それは、ぼくに言わせれば、自覚の足りない人である。
『ドン・キホーテ』から例を挙げよう。
ドン・キホーテが平原を歩きながら、もしこの自分の旅の初めが文章に書かれることになったら、次のようになるだろう、と考えるところがある。
それが、原文では古めかしい表現になっているようで、堀口訳でも、彩流社の新訳でも、新潮社版でも、擬古文風に訳してある。
新潮社版で、46ページの後ろから3行目の訳文を引く。

「アポロンの陽は……(中略)、果てし無い大地のかんばせにぞ輝きけり。」

古文の決まりで係り結びというのがある。中学や高校で習ったことがあると思う。「ぞ」ときたら、文の最後は「連体形」で受ける。
だからここは「かんばせにぞ輝きける。」が正しい。
百人一首の源宗于(みなもとのむねゆき)の歌に、

山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば

というのがある。ここに出てくる「ぞ」「ける」がまさに係り結びだ。
また、彩流社版で気になるのは、訳者が前書きで、「すべからく」を「すべて」の意味と勘違いして使っているところ。
高校レベルの漢文を習うと教わるが、「須らく」は「須らく~すべし」という言い方で使用する。「ぜひとも~しなければならない」という意味である。
文語文風の訳文を書こうとする者が、「須らく」という基本語の意味を取り違えているようでは心もとない。
この訳者、「没義道(もぎどう)」とか、「昧爽(まいそう)」とか、やたらと難しい漢語を使っているが、こういう言葉を使うにはそれにふさわしい文体が必要だということに気づいていないようだ。
55ページでは、「いかな騎士とも干戈を交えることはできない」と書いているが、「干戈(かんか)」という言葉は、1対1のときには使えないと思う。
干戈とは「戦争」のことで、国と国が干戈を交えることしかできない。
少なくともぼくはそう思う。

こう見てくると、やはり堀内の訳は一味違う。

2014/09/21 10:00 | 語感COMMENT(0)  TOP

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