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ジョニ



しばらくニューヨーカーを見ていなかったので、図書館へ行った。いつも読む書評記事を見ていたら、ジョニ・ミッチェルの伝記の書評が載っていた(2017年10月9日号)。ジョニの歌をたくさん引用しながら、ジョニのことを上手に紹介している。ジョニの伝記については、あまりコメントしていないような気がするが。ジョニ・ミッチェルについて語り出すと、自分がどのようにジョニの歌を聴いてきたか語りたくなるらしい。
 実はこの間、『ジョニ・ミッチェルという生き方』という本を借りたばかりだった。
長年ジョニの歌を聴いてきているのに、ジョニについてほとんど何も知らない。そこで、本でも読んでみようかと思い立ったのだ。『ジョニ・ミッチェルという生き方』も、結局は、筆者とジョニの関わりについて書いている。

新しい伝記のタイトルはReckless Daughter: A Portrait of Joni Mitchellというもの。この本の題は、Don Juan’s Reckless Daughter(『ドンファンのじゃじゃ馬娘』)という1977年のジョニのアルバムタイトルからとっている。ベーシストのジャコ・パストリアスが参加している作品で、サウンドはジャズに傾いている。
ジャコのほかにも、サックスがウェイン・ショーター、ドラムがジョン・ゲラン(シンガーズ・アンリミテッドのアルバムなどで叩いている)、ギターがラリー・カールトン、パーカッションがドン・アライアスにアイアート・モレイラ(いずれもチック・コリアのバンドで活躍。アイアートは名盤『リターン・トゥ・フォーエヴァー』でドラムをたたいていた。奥さんのフローラ・プリムが冒頭のスキャットを歌っている)、そしてバックコーラスがチャカ・カーンだ。
詩の内容も、初期の頃に比べて、かなり変わってきている。ニューヨーカーの記事は、ジャズのサウンドになってから「歌詞が無限に長くなった」と言っている。長いというより饒舌になってきているような気がする。文学的な引用が多くなり、アイロニーが強くなってきているようにも感じる。もともとジョニは、感受性豊かで、文学的な語彙を駆使して歌詞を書いていたし、アイロニーも、哀しみも感じられたのだが。
『ドンファンのじゃじゃ馬娘』に収録されている歌の歌詞は、現代詩みたいで、ぼくは面白いと思う。アルバム『逃避行』『ミンガス』にもジャコが参加している。この2枚の歌詞も面白い。
ぼくは、ボブ・ディランよりも、ジョニ・ミッチェルの方が文学的だと思う。ノーベル賞、ボブがもらえるなら、ジョニだって貰えるんじゃないの。まあ、ノーベル賞は政治にコミットしていないと貰うのは難しいのかもしれないが。(だから村上春樹は貰えない?)
ニューヨーカーの記事によると、『ドンファンのじゃじゃ馬娘』の2曲目Talk To Meはボブ・ディランの子どもっぽさがテーマだという。「私たちは~ついて話せるわ」と言って、いろいろな人の名前が挙げてあるので、ジョニの歌詞の訳詞では時々あることだが、訳注がついている。真ん中辺で、「チャップリンの映画について、あるいは、Bergman’s nordic blues」について話せるわ、と歌っているところがある。Bergmanに「イングリッド・バーグマンのことか?」という注がついているが、このBergmanは映画監督のイングマル・ベルイマンのことだろう。ベルイマンの映画って、暗いですよね 、『処女の泉』とか。それでnordic bluesと言っているのでは。直前がチャップリンの映画ですしね。
イングリッド・バーグマンも、イングマル・ベルイマンも共にスウェーデン出身。英語ではどちらもBergmanと書くし、発音はバーグマン。だが、日本では、女優はアメリカ式にバーグマンで、監督はスウェーデン式にベルイマンなのだ。
 しかし、『ドンファンのじゃじゃ馬娘』に付いている訳詞はよく出来ている。注もたくさんついているが、1977年、インターネットもない時代に、ここまでよく調べたものだと思う。

2017/11/04 21:02 | 音楽COMMENT(2)  TOP

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