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漱石の弟子



漱石の弟子で今でも名が知れているのは、寺田寅彦と内田百閒と野上弥生子くらいか。芥川龍之介も漱石の晩年に少し交流があったから、弟子と言えば言えるかもしれない。

漱石の弟子のなかでも、安倍能成、小宮豊隆、鈴木三重吉、森田草平は四天王と言われていたらしいが、今では童話好きの人が鈴木三重吉の名を知っているくらいだろう。
松岡譲、野上豊一郎、松根東洋城など、漱石の弟子たちのほとんどは、漱石関係の本にしか名前が出てこない。残念ながらこれらの人たちには、代表作と言えるものがなかった。小宮にしても、松岡にしても、「漱石の思い出」の類しか知られていないから、漱石の研究書で言及されるだけなのである。

ここ数年パリ関係の本を読み続けている。たまたま図書館で見つけた、小宮豊隆の『巴里滞在記』を読んで、上記の認識を改めた。小宮の文章が上手い。
『巴里滞在記』は、1923年にパリに滞在して、モスクワ芸術座の芝居を見たことを中心に、日記形式で書かれている。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』やチェーホフの『桜の園』『三人姉妹』など、演劇やオペラを精力的に見て回っている。
この劇評が非常によく出来ている。劇作品の分析、役者の演技や舞台装置の評価から、作品論に至るまで、実によく考察している。ただ単に劇を見るだけでなく、劇を見る以前の背景知識がかなりある。しかも、背景知識だけでなく、演劇そのものもかなり見ていることが窺える。また、巴里の生活、街角の風景などのスケッチもよく描けている。

1923年と言えば、関東大震災のあった年だ。小宮はストックホルムで、日本で大震災があったことを知る。『巴里滞在記』は、「巴里滞在記」「『第三研究』の芝居」「ストックホルム」の3部から成る。「巴里滞在記」は1923年10月17日から始まり10月31日で終わる。震災のことには全く触れない。「『第三研究』の芝居」は、パリに来る前のベルリンでのことを書いている。ここでも芝居の話に終始して、大震災には触れない。「ストックホルム」は1923年8月26日から9月2日までの日記で、最後に大震災について触れる。劇的な構成ではあるが、ちょっとあざとい感じも否めない。
「ストックホルム」では、東京に残してきた家族を心配しているが、すぐに帰国しようとは思わない。そのあとパリに1月ほど滞在しているのだから、家族は無事だったのだろう。なぜ日本に戻らなかったのか、その辺の事情は全く書いていないのである。

小宮はドイツ文学者で、芭蕉に関する本や漱石の思い出などを書いているが、代表作がない。1作でもいいから、代表作がないと、文章が上手くても、かなりの知識人であっても、後世に名は残らないようだ。

2018/06/30 22:48 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

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