なぜフランス語か3



イギリスの小説を読んでいると、英語に混じってフランス語が出てくることがある。
クリスティのミステリーでも、『ジェイン・エア』などの古典でも、マーガレット・ドラブルなどの現代物でも事情は同じだ。しかし、注などついていない。イギリス人ならこの程度のフランス語は読めるということなのだろう。
というわけで、フランス語の勉強を始めた。始めたのはずいぶん前だが、フランス語の学習は遅々として進まず、いまだに「やさしいフランス語」を読んでいる。だが、フランス語を始めてよかったと思うことがひとつある。
それは複数の視点が持てたことだ。

日本では英語、特にアメリカ英語が中心だから、どうしてもアメリカ寄りの発想になってしまう。言葉を学ぶことは、文化や考え方を学ぶことだから、物の見方がどうしても英語的、あるいはアメリカ的になってしまうのだ。
イギリスに目を向けただけでも、物の見方がアメリカとはずいぶんと違う。英語以外の言語となると、その違いはさらに大きくなる。英語以外の外国語を少しでもやったことのある方なら、このへんの感じ、分かっていただけるかと思う。

たとえば、“Easy French Reader”のレッスン13。フランス人の高校生マルクとパリのアメリカン・スクールに通う高校生ジュリーのダイアローグ。

フランスの学校では、水曜の午後は休みだ。ジュリーがマルクに電話して、チュイルリー公園で会いましょう、と言う。マルクは宿題があるから今日は出られない、今からうちに来ないか、ということで、ジュリーはマルクの家に遊びに行く。
ちょっと長くなるが、二人の会話を引用する。

ジュリー:何を勉強してるの、マルク?
マルク:詩だよ。
ジュ:どんな詩?
マ:「燻製ニシン」っていうんだ。
ジュ:燻製ニシン! 何それ?
マ:魚だよ、魚。シャルル・クロが書いた詩の題名でもあるんだけどね。ぼくはこの詩を暗誦しなければならなんだ。
ジュ:シャルル・クロって?
マ:偉大な詩人にして、発明家。
ジュ:そんな詩人の名前、聞いたことないわね。で、その人は何を発明したの?
マ:蓄音機だよ。
ジュ:まさか! 蓄音機を発明したのはエジソンでしょ。
マ:いや、蓄音機を発明したのはシャルル・クロ、フランス人だよ。フランスの子どもなら、みんな知ってる。学校で習うからね。
ジュ:いいえ! トマス・エジソンよ。アメリカ人なら、みんな知ってるわ!
マ:いーや、シャルル・クロだよ。嘘だと思ったら、プチ・ラルースにきいてごらん。
ジュ:その小さな(プチ)ラルースって誰? あなたの友達? わたしは知らないわ。
マ:違う、違う。プチ・ラルースというのは百科事典の名前だよ。フランス人はみんなこの事典に相談するんだ。
ジュ:あなたがそんなに無知だったとは知らなかったわ!
マ:なんだって! ぼくは無知じゃないぞ! 蓄音機を発明したのはぼくじゃないけど、ぼくと同じフランス人のシャルル・クロだってことは間違いないんだ!
ジュ:嘘よ。エジソンだわ!
マ:いや、ジュリー。ほとんどの科学的発見や発明はフランス人の手によるものなんだ。
ジュ:いいえ! そんな事ありえない!

ちょっと険悪な雰囲気になってきたが、マルクはさらに、フランス人が発明したものを挙げてゆく。たとえば、蒸気船を発明したのはフルトンでなく、フランス人のドゥニ・パパンだという。あるいは、写真を発明したのはイーストマン(コダックのことです)ではなく、フランス人のニプスとダゲールの二人だという。
ジュリーは苛立ちをあらわにして、最初に月に降り立ったのもフランス人だなんて言い出すんじゃないでしょうね、とマルクに突っかかる。
それでもマルクが、地上をはじめて離れたのは、飛行機を発明したライト兄弟ではなく、気球を発明したモンゴルフィエ兄弟だなどと言い出すものだから、ジュリーは怒って帰ってしまう。

手元にあるプチ・ロベールを引いてみる。
シャルル・クロの項には、詩人で発明家とあり、蓄音機を発明したことになっている。
パパンも、ニプスも、ダゲールも、日本人にはなじみがない名前だが、プチ・ロベールにはちゃんと載っていて、マルクの言ったようなことが書いてある。

マルクの発言はちょっとナショナリスティックに過ぎるが、上に挙げたフランス人たちがマルクの言ったようなものを発明したのも事実だ。
ただし、騒ぎを聞きつけてやってきたマルクの母親が指摘しているように、ドニ・パパンは蒸気で船を動かす実験をしただけで、実用化したのはフルトンだ。また、イーストマンが発明した写真とニプスとダゲールが発明した写真は、方式が違う。(だから、どちらとも写真を発明したと言えるわけだけれど。)
母親によれば、エジソンとクロは同じ年に、蓄音機を発明している。
だから、マルクの言うことも一理あるのだ。

アメリカ中心にばかり世界が回っているわけではない、ということだ。
もちろん、フランス中心にばかり世界が回っているわけでもないが。

2016/10/08 18:49 | 語学COMMENT(0)  TOP

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