消閑の文学



この本にキャッチフレーズを付けるとしたら、少々古臭くて使い古されている感はあるが、「滋味あふれる名随筆を名訳でおくる」とでもなろうか。
18世紀から19世紀にかけて活躍したイギリスの文人チャールズ・ラムの名随筆集『エリア随筆』を作家の南條竹則が翻訳している。
昔の英文学者のエッセイを読むと、学生の頃にエリア随筆を英語で読まされた想い出話などを懐かしそうに語っている文章に出くわすことがある。南條の翻訳はラムの滋味あふれる文体とそこはかとないユーモアをよく訳出していると思うが、これを原文で味わうのはかなり難しそうだ。
南條が訳した『エリア随筆』の半分は、注釈である。人名地名、引用句など、文学的教養と当時のイギリスの事情をよく知らないと分からないことが多いのだ。で、正確に読むためには注が必要となる。もっとも、ぼくは注釈を全くスルーしたが。
注などなければないで、何とかなる。例えば、これは何かからの引用なのだな、ということが分かれば、それで事足りる。
それよりも、ラムの文章を味わいたい。南條の日本語を楽しみたい。

もうぼくたちは、漱石や鴎外のような文体を駆使することはできない、生齧りの人が古めかしい文章を書こうとすると、例えば新潮文庫の『嵐が丘』の新訳のように、悲惨な結果になると、これまでぼくは何度か書いてきた。
しかし、南條は、そうした生噛りの書き手とは一線を画している。
南條は古い言い回しを多用しているが、ごく自然に書いていて違和感がない。鴎外や漱石の時代の言葉遣いが自然に身についているように思える。
60前の作家がこのような文体で書けるとは、奇蹟的だ。これが才能というものか。

2016/11/25 22:21 | 本の紹介COMMENT(1)  TOP

コメント

Re: タイトルなし

いつもコメントありがとうございます。

やっぱり才能ってありますよねー

No:28 2016/11/29 21:35 | desultory #- URL [ 編集 ]

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP |