ブルックナーはお好き



1824年、アントン・ブルックナーはオーストリアの片田舎で生まれた。オルガン奏者としては生前から有名だったが、作曲家としてはあまり理解されていなかった。
交響曲は0番から9番まで10曲作曲している。同じフレーズを何度も繰り返す。静かだったかと思うと、ホーンが大音響で鳴り響く。1つの楽章にテーマが3つもある。そして長い。
当時の古典的な形式をかなり逸脱していた。いわば当時における前衛音楽。
だから、弟子たちのほか、ごく少数の聴き手からしか理解されなかった。
ワーグナーは、ブルックナーの人柄はともかく、音楽は評価していた。
ブルックナーの交響曲を聴くと、弦の響きや管楽器の使い方がいかにもワーグナー好みだ。ワーグナーには、交響曲を書く才能はなかったらしく、早々に諦めたらしいが、もしワーグナーが交響曲を書いていたらこんな感じになっただろう。
そして、弟子のマーラー。やはり交響曲は長く、弦の響きは官能的。ワーグナーやブルックナーの影響がうかがえる。
日本ではブルックナーよりマーラーの方が人気があるだろう。

代々木ゆたきはブルックナーのコンサートで、ブルックナー・オタク通称ブルオタの武田に声を掛けられる。女性がブルックナーのコンサートに来るのは珍しいのだ。
武田たち3人はブルックナー団なるものを結成し、ブルックナーの音楽の普及に努めている。
図書館の臨時職員として勤めるゆたきの日常とブルックナー団たちとの交渉が描かれる一方、武田がネットで書きつづっている「ブルックナー伝(未完)」が随所に挟みこまれる。こちらは19世紀後半のウィーンが舞台。洗練されたウィーンにおいて、ブルックナーがいかにださい人だったかが描かれていく。ブルックナー団の日常とウィーンの話が交互に出てくることで、物語に厚みが出た。
武田が書く「ブルックナー伝(未完)」の文体が面白い。前に書いた南條と同じように、古めかしい言い回しを使っている。少し大仰でユーモラスであるが、これも作者の狙いなのだろう。「ブルックナー伝(未完)」は回が進むにつれてだんだんと口語の文体になっていく。徐々に文体を変化させていくのも上手い。違和感なく読める。
高原は1959年生まれ。南條同様50歳代の後半だ。
この辺の年代までは、明治大正風の古い言い回しを使って違和感なく書ける作家もいるのか。門井や鴻巣は彼らより10歳以上若い。それくらいの年代になると、古い文体を駆使するのは難しいということか。まあ、ご本人たちは上手く書いていると思っているようだから、ぼくがとやかく言うことではないのだろうが。

『不機嫌な姫とブルックナー団』には、ブルックナー団に入るための9つのチェック項目がある。ブルックナーの音楽を録音したCDを100枚以上持っている、とか、かなりマニアックな項目が並んでいる。ぼくのようにブルックナーを少し聞きかじったくらいでは、「はい」と言える項目はほとんどない。ただ1つ、「6 音楽さえよければ作曲家の外見は全く問題ではない」は「はい」だなー。
小説の中で言及されているブルックナーの交響曲をYou Tubeで聴きながら、読んでゆく。You Tubeでは、ブルックナーのすべての交響曲をいく種類もの演奏で聴くことが出来る。便利な時代になった。

2016/12/01 18:04 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

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