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地球にちりばめられて



多和田葉子の最新作『地球にちりばめられて』を読む。
舞台は北欧とドイツ。
登場人物は、日本人(らしき)女性Hiruko、デンマーク人のクヌート、エスキモーの青年ナヌーク、インド人の青年アカッシュなど。
これらの登場人物たちが、物語を語っていく。
ストーリーは初めから最後まで1つの話として流れるが、章ごとにそれぞれの登場人物が自分の視点から語っていくというのがミソ。面白いアイディアを思いついたものだ。

多和田の文体は言葉遣いが独特で、ユーモアがあり、日本語の散文として上質だ。
彼女はドイツに住んで、日本語とドイツ語で書いているから、言葉について敏感になるのだろう。随所に出てくる言葉に関する描写が「なるほど」と思わせる。読んでいて切なくなる時もある、言葉好きのぼくとしては。

はっきりそれとは書いていないが、Hirukoは日本人だろう。
いまはHirukoの母国はない。重大な事故が起こって国がなくなったらしいのだ。(ちょっと『献灯使』を想起させる。原発事故が遠くに見える。)

Hirukoはノルウェー語やスウェーデン語など、スカンジナビア諸国の言葉を合わせて自分で作った「汎スカンジナビア語」略して「パンスカ」を話す。移民として、スウェーデン語やノルウェー語を1つ1つ覚えていくのが面倒だからだ。北欧の言葉は似ていると言われている。ノルウェー人とデンマーク人がそれぞれの言語で話し合っても、ある程度通じるらしいという話を聞いたことがある。多和田の文章は、こういう細部の設定が上手い。秀逸なアイディアが次々に出てくる。

Hirukoが話す「パンスカ」に興味を持ったのが、言語学専攻の学生クヌート。クヌートはHirukoに会いに行く。2人はHirukoの同国人がドイツにいるという噂を聞いて、訪ねていく。旅の途中で、アカッシュ、ナヌークなどと知り合う。
ストーリーはなかなか上手い展開ではあるが、どんでん返しがあるわけでもないし、波乱万丈というわけでもない。多和田はあくまでも文体で、つまりどう描くかで読ませる作家だ。ストーリーで読ませるものは、結末が分かってしまうと、2度目に読んだとき最初の感動は得られないが、文体で読ませるものは何度読んでも面白い。

母語にこだわることはないのではないか、など、言葉に関する考察があちこちに出てくるが、これらの考察は、日本語が滅びると論じた水村美苗の日本語論に対する、多和田葉子からの答のような気がする。
英語と日本語の狭間にいる水村は、日本語を愛惜するあまり「日本語」が滅びることを危惧し、ドイツ語と日本語の狭間にいる多和田は、言語の多様性と普遍性を「日本語」で書く。
ぼくは水村に共感し、多和田にほっとさせられる……なんちゃって、なにカッコつけてんだか。

2018/06/12 20:54 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

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