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古今和歌集



今度は、新潮日本古典集成の新装版から、『古今和歌集』を読んだ。通して読むのは初めて。
歌の配列がよく考えられている。千年も前にこれだけの編集力があったとは驚きだ。
というか、文学は科学と違って、現代が一番進んでいるわけではないから、こういうことがあっても不思議ではないのかも。
紀貫之の編集方針は1本筋が通っていてぶれない。通して読むとよくわかる。
校注者の奥村恆哉の現代語訳が優れている。
学者が古典を現代語訳すると無味乾燥なものになることが多いが、奥村の訳は和歌の言葉遣いを上手に現代語に移している。

また、奥村は解説で『古今和歌集』の歌は明晰だという。あいまいな表現を使わない。言葉から明確にイメージがわく歌を選んである。この辺も貫之の批評眼が働いている。
例えば、「おぼろ月」という言葉が使われている和歌が全く採られていないという。

また、万葉集の大伴家持の有名な歌、「うらうらに 照れる春日(はるひ)に ひばり上がり 情(こころ)悲しも 独りし思へば」が採られていないという。(現代の教科書にも出てくる歌で、日本人好みの歌だから、ご存知の方も多いと思うが……。)
なぜなら貫之は、あるいは『古今和歌集』は、こういう感傷を嫌うからだという。
そう言えば、『土佐日記』も感傷を嫌っているよね。

『万葉集』が男性的で、『古今和歌集』が女性的という説は、江戸時代の国学者賀茂真淵が唱えたものだが、虚心に読むと『古今和歌集』は必ずしも女性的とは言えない、とぼくには感じられる。
貫之の編集のセンスと批評眼は、むしろ男性的であり、現代的である。

2018/09/20 19:09 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP

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