迷信



英会話のテキストで英語圏の迷信について読んだ。
鏡が割れると7年間不幸が続くとか、梯子の下を通らないとか、13は不吉な数だとか、黒猫を見ると縁起が悪いとか、いろいろ書いてあった。
そこで思い出したのが、スティーヴィー・ワンダーの『迷信』(Superstition)という曲。
13か月の赤ん坊が鏡を割ると、7年不幸が続く、とか、梯子が倒れそうとか、英語のテキストに出てきた迷信が上手く歌いこまれている。
スティーヴィーの歌詞は、時々、難解になる。
この歌もその1つ。
歌詞が今一つ分かりにくい。
ネットで調べると、皆さん解釈に苦戦している。ちょっと拡大解釈し過ぎのようなものもある。
と言っておいてなんなのだが、これってlove songなんじゃないかな、とぼくは昔から漠然と思っている。ただ単に、迷信など信じるな、と歌っても面白くないもの。
迷信みたいな何の根拠もないものにとらわれずに、ありのままのオレを見てよ、と言った含みがあるような気がするけど、どうだろう。特に2番の歌詞を読むと。

2番でsad is my songというフレーズが出てくる。これを拡大解釈しているサイトがあったけれど、これはmy song is sadを倒置しただけ。
直前の行が
~keep me goin’ strongとなっているので、韻を踏むために
~sad is my song
とした、と思うな。

2018/06/08 21:50 | 音楽COMMENT(0)  TOP

新しもの



図書館の新刊コーナーで面白そうな本を何冊か借りた。『ハリウッド映画と聖書』とか、『閑吟集 宗安小歌集』とか。
 まず『ハリウッド映画と聖書』について少し。この本は聖書のエピソードをもとにした映画、例えば『十戒』とか、『ベン・ハー』とか、だけではなく、西部劇、ラブコメディ、ヒーローものなど、あらゆる映画に現れる聖書の影響について書いている。アメリカ文化の根底には聖書があるのがよくわかる。
しかしそれは、現代アメリカ的な聖書でもある。
例えば、『十戒』で海が割れるシーン。旧約聖書では、モーセが杖を高く掲げ、手を海に向かって差し伸べると、海が割れるが、映画のモーセ、チャールトン・ヘストンは、両手を広げて全身で十字架の形を作る。キリストの十字架が現れるのは新約聖書で、モーセが十字架の形をするのはおかしいのだが、当時のアメリカでは、「救い」=十字架だったという。

しかし、ぼくが驚いた、いや、がっかりしたのは、そんなことではない。この翻訳の冒頭の文章。
一章の1行目に「フィラデルフィアのよろず新しいもの好きな男が~」とある。
「新しいもの好き」ではなく、「新しもの好き」ではないか、と思って、グーグルで検索して見ると、「新しいもの好き」と「い」が入っている言い方の方が圧倒的に多い。
「新しもの好き」が普通の言い方だと思っていたが、いつの間にか、事情が変わったのか。   
訳者は73年年まれと若いから、こういう言い方をしているのかと思ったが、そもそもぼくが間違っていたのか。

この文はワードで書いているけど、「新しもの」と書くと、「新し」の下に赤い波線が出る。
ワードを作成した人もこの言い方は、「ない」と考えているようだ。

あとで、国語辞典などで調べてみようと思う。

2018/06/06 22:37 | 語感COMMENT(0)  TOP

ジャンヌ・シェラル



雑誌『ふらんす』2018年4月号の特集「フランス語、どこで学びますか?」の「音楽」のところで、フランスの音楽賞の映像をYou Tubeで見ることを勧めていた。
記事では、ヴィクトワール賞Victoires de la musiqueとシャルル・クロ・ディスク大賞Grands prix du disque de l’Académie Charles Crosという2つの賞が紹介されていた。
早速、この2つのタイトルをフランス語で打ち込んで、検索してみた。
ざっと見ただけだが、ひとりお気に入りのシンガーを見つけた。
それはジャンヌ・シェラル
現代フランスでどんな歌が流行っているのか日本にはほとんど伝わってこない、と思っていたが、ジャンヌのCD日本でもたくさん出ていますね。知らなかった。その気になれば情報は取れる、というのがぼくのモットーだが、最近少しサボっていましたね。(慚愧、慚愧。)
もっともうちの近くのCDショップにはフランスのCDなど置いてない。ていうか、近所にCDショップ、あったっけ?
うちの近所では書店より先に、CDショップがなくなった。

それはさておき。
これからもう少し詳しく、You Tubeでヴィクトワール賞とシャルル・クロ・ディスク大賞の受賞者を聴くつもり。

ちなみに、シャルル・クロは、2016年10月8日の記事で取り上げた、あのシャルル・クロのことかと思われる。

2018/05/20 22:06 | 音楽COMMENT(0)  TOP

正義は勝つ、かもしれないが…



黒澤明のDVDが何枚か図書館にあったので、借りてみた。
まず、『わが青春に悔いなし』という映画を見た。
「正義は必ず勝つ」というテーマだが、ストーリーがちょっと単純だ。
戦争中に、戦争反対運動をして命を落とした学生と、友人の戦争反対運動には参加せず弁護士になった学生。戦後、命を落とした学生が賞揚されるというあらすじ。
原節子が熱演している。杉村春子もいい味出している。しかし、話があまりにも単純ではないか。黒澤らしくない。脚本を書いているのは黒澤ではないが、監督は黒澤だ。
タイトルも、内容とそぐわないように思う。
弾圧されて命を落とす学生と、政治活動には参加せず弁護士になって成功する学生。2人の役者があまりにも老けている。学生服が似合わないにもほどがある。
大学を出た後も演じる都合があったのだろうが、この年齢で学生役は無理だろう。
そして、原節子と愛し合うようになる、戦争反対を唱える学生役の役者がものすごく訛っている。この学生の、後に出てくる両親が農村に住んでいて、茨城弁か栃木弁みたいな訛りで話しているから、訛っているのかもしれないが、そういう説明は一切ない。というか、この弾圧される学生役の役者は、ほんとに訛っているように見える。
もし演技だとしたら、それはそれで素晴らしいのかもしれないが、訛りが抜けない役者という印象がぬぐえない。

2018/05/18 16:51 | 映画COMMENT(0)  TOP

いろはうた 2



小松英雄は「いろはうた」を読み解いていく過程で、古代からの仮名遣い、発音、アクセント等に触れ、「大為尓(たゐに)」、「阿女都千(あめつち)」などの誦文、『金光明最勝王経音義』『源順(みなもとのしたごう)集』『色葉字類抄』『下官集』などの書物を時代順に検討している。
先にも書いた通り、これら書物のタイトルを見ただけでも、一般向けとはいえ、ある程度の国語学的知識が必要だろうということは見当がつく。

『下官集』というのは藤原定家が書いた表記の仕方のハンドブックのようなものだ。
定家と言えば『新古今和歌集』の編者であり、小倉百人一首の選定者として有名だ。これだけでも、日本文化に多大な影響を与えている。
しかし定家には、別の業績もある。
それはいわゆる「定家仮名遣い」というものを考え出して、平安時代の文献を書写し、今に伝えたこと。
当時表記が乱れていたのでそれを正すために定家が仮名遣いを定めたというのが一般に言われていることだが、小松はもっと突っ込んで、定家仮名遣いを評価している。
実は、現在われわれが読んでいる『源氏物語』や『更級日記』など平安時代の古典の多くは、平安時代から伝わってきている原典が残っているわけではない。
その多くは藤原定家が書写した、いわゆる定家本という形で残っているものを活字にしたものなのだ。定家は、これらの作品を書写する目的で、仮名遣いを考え出したのだという。

学校で現代仮名遣いを学んでしまった我々にはなかなか想像できないが、「おとこ」か「をとこ」か、とか、iの音を「い」「ゐ」「ひ」のどれで表すのか、とか、そういうことがはっきりしないと、言葉は表記できない。
例えば現代仮名遣いでは、王子を「おおじ」と書いたら間違いだと、ぼくたちは学校で習うから「おうじ」と書く。これが現代人の共通理解である。こういうものを先に習っているから、仮名遣いなど決まっているじゃないかと勘違いしやすいが、こうした共通理解がないと「おうじ」「わうじ」「おおじ」「おほじ」「おおぢ」などと書く人が現れて、書き手の意図が読み手に正しく伝わらない。こういうことをなくそうとしたのが定家なのだ。
定家は、自分が書写した平安時代の書物を、書き手が意図した通りに読者に読んでほしかった。
素人のぼくが理解できた範囲で書いているので、よく分からないところもあるかと思いますが、まあ、こんなところです。詳しくは『いろはうた』を繙いていただきたい。

2018/05/16 16:33 | 本の紹介COMMENT(0)  TOP